感想 - The Pineapple Thief "Someone Here Is Missing"

The Pineapple Thiefの待望のニューアルバム、"Someone Here Is Missing"が、5月24日にリリースされました。
これまでほぼ一年に一作のペースで作品を発表し続けた彼らですが、昨年は作品の発表が無く、今作は充分な時間をかけて練り上げられたものと思われます。
そのためか、これまでの作品とは色合いが若干異なっています。
全体的な印象としては、非常にスマートな、シェイプアップされた感触が強いということです。
音を重ね合わせて分厚くするような作りではなく、フレーズが絡み合う複雑なアレンジなども見られず、とてもシンプルな構造となっています。
アルバム全体を通してリズミカルなリフを主体にした曲が目立ち、これまでの作品にみられたギターによるメロディパートなどは抑えられています。また、バンドの特徴の一つでもあった屈折した、感傷的な美しいメロディも控えめな印象です。
その代わりに現れたのがエレクトロ・ポップ風のノリの良いリズムとハードで鋭角的なギターリフ。
冒頭2曲を筆頭に、ギターとドラムによるリズミカルなリフにシンセサイザーのシーケンスが絡んで走るスタイルが特徴的です。
この変化は、バンドの指向がより外向きになったことを示すとともに、ライヴ指向の強まりの表れでもあると思います。


1. Nothing At Best
シンセのアルペジオからギターリフの流れは、一瞬面食らうほど溌剌とした響きで、本作が今までとは違うことを印象づける。
サビのメロディはシングル曲だけあって非常にキャッチー。
リズミックなパターンが主であまりメロディックな感じはしないのだけど、これは"10 Stories Down"以降殆どの作品の一曲目に共通しているので、きっと意図的なものなのだろう。

2. Wake Up the Dead
シンセベースとハウス風なドラムに乗せたダンス系の作品。
後半はギターもエッジーなリフで加わり盛り上がるが、メロディそのものには明快な起伏はない。

3. The State We're In
中期に近い作品。具体的な作品名を挙げられないのだが、メロディには今までの彼らの曲と相同点を強く感じる。
後半のストリングスがリードする展開は"The World I Always Dreamed On"や"Wait"の流れを汲む感じ。
ちょっと唐突なギターのアルペジオによる締めの音は日本のインディ系リスナーにも受けるかも。

4.Preparation For Meltdown
前半はメインテーマのヴォーカルパートとギター主体のインストが交互に現れる。
打ち込みによるリズム・シーケンスは初期の打ち込み主体の路線、いや"Little Man"の"We Love You"に近いイメージ。
インストのギターは前作の作品に近い。
メロディも含め、"137"あたりの作品と現在の作風を繋ぐような感覚もある。
後半は静かなピアノ弾き語りにギターが被さり、タイトル通りのノイジーなドラムからギターのリードで一気に走り出す。
そのままエキサイトしていくと見せかけてピアノがさらりと幕を引く。
全体としては、劇的で起承転結のはっきりした傑作だと思う。

5. Barely Breathing
イントロのギターとピアノによる演奏はどうしてもPorcupine Treeの"Lazarus"を思い出さざるを得ない雰囲気だが、この曲はもっと素朴でプライベートな響き。
こういう曲は今まであまりなかったように思うのだけど、敢えて言うとメロディは"How Did We Find Our Way"に近く、サビで拍子を変える曲構成は"Little Man"と共通点があると思う。
初期のような息の止まるような美感と叙情性とは違うけれど、この繊細な情感のある歌は結構染みる。

6. Show A Little Love
開幕から予想外に泥臭いギターリフとメロディに驚くが、続く変拍子も交えたヴォーカルはPineapple Thiefらしいひねくれたメロディラインが良い。
繰り返しの二度目ではシンセベースが、三回目ではリズミックなシンセ・シーケンスが加わり、続くギターソロはピッチ・エフェクトを駆使したと思われるうねるようなフレージングが印象的。

7. Someone Here Is Missing
アコースティック・ギターの弾き語りから始まり、感情を高めていく、短いながら劇的な楽曲。
途中、ギターソロに一瞬のアコースティック・ギターを挟むところではっとさせられる。
全体の印象は"Prey For Me"を短く聴きやすくまとめたような感じで、本作では3、4と並んで従来の作風に近い。

8. 3000 Days
ギターを主役に据えた作品だが、それを支えるベースとドラムもさりげなく良い仕事をしている。
ベストアルバムと同じタイトルということで歌詞の方も音楽活動について歌っているようだ。
そして後半はギターの独壇場。テーマとなる7度のリフを様々な表現で繰り返し、ヴォーカルのフレーズで締める。

9. So We Row
時計のような打楽器にギター、おもちゃの鉄琴のようなリフレイン、薄いシンセサイザーが被さっていくオープニングにシリアスな展開を予想するが、続いて始まるヴォーカルは意外なほど穏やかでポップ。
シンセとギターによる混沌としたアンビエントなパートを経てオープニングのリフが復活、ボリュームが一気に上がるのでインパクト大。
そのまま走って"So we row."のコーラスに断ち切られる。わかりやすい大団円は迎えないのが、とても「らしい」。
後半の展開は前作の"Too Much To Lose"のリフ主体の部分を拡張したようなイメージ。エンディングもよく似ている。
展開の多彩さは譲るものの、緊迫感、重量感、疾走感は増しており、大音量で聴くとまさに「息を飲む」展開。

以下、ボーナストラック。
10. Long Time Walking
ギターとシンフォニックなシンセサイザーによる光の差すようなオープニングは結構新鮮。
ヴォーカルが入ると、まずMuseに似ていると感じ、その後すぐにメロディがKeaneに似ていると思った。
別にそれらに倣ったような無個性な曲という話ではなくて、全体的に英国メインストリームの王道的な雰囲気がある。
アルバムの流れに合わなかったというのも何となくわかるけれど、シングルとしてはありだったかも知れない。

11. Nothing At Best (acoustic version)
原曲の溌剌としたリズミカルなエレクトロポップとは打って変わった、怪しげでシリアスな曲調に変貌を遂げている。
特に第一サビが終わった直後のドラムはかなり怖い。

今回はまたもRichard Huntは未参加なのだが、キーボードがしっかりとオーケストラルな味付けをしているので気にはならない。
最初にも述べたように、"Bittersweet"と称される感傷的で、しかしどこか屈折した、やるせないような音使いは影を潜め、ギターのメロディも控えられたので、それらが好きだったという人には残念に感じられると思うが、それを補って余りある魅力が加わっており、やはり進化と呼ぶべきなのだろう。
逆に、初めてPineapple Thiefを聴く人には何の疑問もなく良いと感じられると思う。

とはいえ、例えば"Variations On A Dream"に収録されていた曲の、独特な浮遊感と叙情性はもう表れないのかと考えてしまうと、少し寂しい。
別に"The Bitter Pill"よもう一度と言うつもりもないけれど、ああいう湿度の高い曲も一曲くらい欲しいなと思ってしまうのはファン心理としては仕方ない。
けれど、彼らの進む道はここに繋がっていたことは"3000 Days"の選曲からも明らかだった。
本作は今の彼らの姿を完璧に捕らえた作品であり、彼らがどんな道を歩んできたかを示す集大成であり、そしてその末にたどり着いた現時点でのゴールに他ならない。
ファンは手元に加えないわけにはいかず、新しいリスナーにも受けそうな作品です。
今年の必聴盤のひとつと言っていいでしょう。

The Pineapple Thief
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